2010年3月9日火曜日

推手を求めるのなら、行くべきでしょう

推手を求めるのなら、行くべきでしょう。
太極拳をやるなら推手を求めるべきでしょう 。


先月1ヶ月、太極拳推手倶楽部に行ってみて言える事。
太極拳推手倶楽部 東京支部の練習に参加してきた。」で、太極拳推手倶楽部に行く事で、自分はどこに行くのだろうと悩みを書いた。
その理由は、推手で対人練習をする事で戦う道へと進んで、戦う人生へとシフトしていくのではないか?
好戦的な人々とめぐり合う人生が待っているのではないかという不安があった。
この先生を師と仰いで信じて良いのだろうか?という疑問もあった。

前者に関しては、問題は無かった。
江口先生をはじめとして、太極拳を愛する人々、面白い人々とめぐり合う機会が得られて、短期間に非常に有意義な交流を持つ事が出来た。
そして、十条でみんなと食った飯は格別にうまく、楽しい時間が過ごせた。

後者に関しては、まだ何か不安があるが、その理由はわかっている。
先生と話していて、時折先生は読まれないように心を隠す時があって、その間では何かを考えている事は感じるが、聴勁で読みきれない。
だがそこは先生の性格と読まれない技量の高さの表れと解釈するとそれほど気にならなくなる。
そんな事よりも先生から得られる事の方が格段に多い。
1ヶ月、江口先生の教えを得られた事は私の人生の中で一つのターニングポイントになったと感じられるくらいである。

太極拳をはじめて多くの出会いがあり、多くの先生、多くの人々が私にいろんな事を教えてくれるようになったと改めて思う。
それは太極拳の技術だけにとどまらない、人との接し方や話し方などの対人スキルが弱い私がいろんな人と喋れるようになったのは、長拳の保護者として世間話をしていた主婦から学んだといった具合だ。

話を推手に戻すと、今まで表演の中で套路を学んできたが、江口先生や坂野先生に用法や勁力について教えを受け、今まで以上に套路が面白くなったし、太極拳が面白くなった。
今までも思っていたが、より多くの人と推手をやりたくなった。
推手の楽しさ、太極拳の楽しさを伝えたい気持ちが強くなった。
そして、今まで私に推手を教えてくれた人、相手をしてくれた人への感謝を感じる。
その人たちには、懲りずにこれからも相手をしてくれる事を切に願う。

気持ち的な事はこのぐらいにして、最後に今回得られた技術に関して書いておこう。

1.站椿
 内股の筋力強化が今ひとつうまくいかずに悩んでいたのだが、江口先生から教わった站椿はすごくよかった。これが自分の中のベストワン!
内股が強くなると立ったときにフラつきにくくなるし、八の字だってやりやすくなるはず。(まだこなれてないので実証できてないので控えめな表現で)
おまけにヤンキーすわりまで出来るようになった。(笑

2.聴勁と勁力はペア
 今まで、聴勁の練習はやってきたが、その結果、どのように押したら良いのかはわからなかった。
今でも勁力がわかったわけでは無いと思うのだが、どんな時に攻撃したらいいのか、どんな攻撃をしたらいいのかと言った事の入り口に立てた気がする。
無駄な力で押している時と勁力の違いはまだわからないが、押してみる練習をする事で聴く事と押す事はペアなんだなぁ思うようになった。

3.固執している事に気づく
 推手だけではないが、人が何かに固執していることに気づくようになった。
推手の場合だと、相手が「俺はここを攻撃したいんだ」とか「行くぞー行くぞー」みたいな気持ちがわかるようになった。
固執しているところは狙いやすいし、自分がそれをやるとそれが弱みになると感じるときがある。
それがわかると、緩めることの大切さもより感じる気がする。
それは普段の生活で人と接しているときでも感じる。

細かい事を書くと色々あるが、とりあえずはこんなところ。

さぁ明日も誰か捕まえて推手をしよう、、

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