2011年3月22日火曜日

地震が起きて、川崎、東京、新潟、そして仙台 03月11日(金)

地震が起きてからの事を忘れないうちにまとめておこうと思う。
Twitterでの主な呟きも間に挟んでおくが、詳しくはTwilogを見て欲しい。

2010/03/11(金)

■午前移動

 3月末で仙台の事務所が閉鎖する事になり、10年付き合ったお客さんに挨拶に行く事に。
夜はさよなら飲み会もあるので、川崎にホテルを予約し、ついでなので次の日曜は十条の老師のところで太極拳の練習をして帰る予定だった。
会社関係と老師にお土産を買い、新幹線で移動。暖かくて気持ちの良い日だと記憶している。

  08:41 「今日はラスト川崎出張。Maxやまびこ128号。128とは素敵な番号」
  08:46 「前の席の女子二人が結婚式のスピーチの練習をしてる。ほのぼのだなぁ」
  08:52 「天気が良くてあったかい。気持ちいい日だねぇ、通勤で渋滞にはまってたら、こんな気持ちになっていたかな。ゆとりを持って、無駄を無くせば日常でも同じ気持ちで暮らせるかもしれないね。」
  10:41 「推手萌え」
  11:03 「Pitbull 聴きながらノリノリ東海道線」


■お客さんの会社にて

 お客さんの事務所に着いてYさんと次の仕事は決まってるのとか話をしていて、
「地元でやっていくなら電話工事の仕事とソフト開発をからめた仕事をしてみたら」(意訳)と言われた。
今思うと、意味深い一言だった。

 地震発生時は、川崎駅近くのお客さんのビル11階で打ち合わせをしていた。
地震が来た時は「ああ、またか」程度の感じだったが、随分長いし、ゆれも大きい。
事務所のキャビネットは倒れ、TVでは騒いでる。
その時に、「何かあった時の為に写真を撮っておこう。なおかつ、こんな時こそリラックスだ」と思って写真を撮ってもらった。気持ち的にはまだ余裕があったので、普通に笑ってる。(^^



  14:58 「わしは無事だけど、仙台は大丈夫かな?」
  15:09 「私は今、川崎駅前の11階のビルにいます。無事です。けど、家族がツイートしてこないので心配。」
  16:54 「うちはみんな無事だと携帯メールがきた。電話はつながらない」
  16:59 「川崎は電車が止まって、最悪は歩いて帰ると言ってる人もいる。」


■ホテルで一人

 予約してあったホテルメッツ川崎へ移動。無事チェックイン。
外のバス乗り場には大勢の人。
TVを見つつTwitterをしまくった。
今の自分に出来る事は、情報を収集して、流す事だけだと思った。
電話はつながらなくてもインターネットはつながると言うのは、以前の地震でも経験があったから。
そして、自分が一人川崎にいる事の意味をを考えていた。

友人や老師、太極拳関係の人々とコミュニケーションが出来たのは助かった。
ホテルに1人で、TVからはひどいニュースしか流れてこない。
Twitterでは既に善意と励ましあいが始まっていた。

そんな中、東京の老師2人から行くところが無ければ、家においでと言ってもらえたのは、すごく有り難かった。

  18:05 「家族と離ればなれは辛いけど、わしがいない分、食料がうくのは良かった」
  23:00 「@bunbun4444 家族の生きる力を信じよう。
  23:10 「@hataritom ソフトバンクの携帯メールは川崎でもつながらないよ」
  23:36 「@Mt_Ar ありがとうございます。私は出張で川崎にいます。出来ることは、生きる力を信じる事だけだと思ってます。

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